大阪高等裁判所 平成元年(ネ)2513号 判決 1990年6月21日
控訴人
廣納忠良
右訴訟代理人弁護士
森川正章
被控訴人
播州信用金庫
右代表者代表理事
和田善四郎
右訴訟代理人弁護士
新原一世
同
田口公丈
同
浜口卯一
主文
一 原判決を次の通り変更する。
原判決添付別紙目録記載の債務のうち、その二分の一を越える部分は存在しないことを確認する。
控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の申立
一 控訴の趣旨
1 原判決を取消す。
2 控訴人が被控訴人に対し、原判決添付別紙目録記載の債務を負担していないことを確認する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
次に訂正、付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の訂正
1 原判決二枚目裏一一行目の「品川の連帯保証は」の次に「民法九四条等により」を加え、同三枚目表六行目および一〇行目の各「澤は」を、それぞれ「被控訴人福崎支店の支店長代理の澤は、被控訴人の代理人として」と改める。
2 同四枚目裏八行目の「2、3、4」を「3、4」と改める。
二 控訴人の主張
1 原判決は、民訴法一八九条一項所定の判決言渡しの方式に反し、判決原本に基づかずに言渡されたものである。
すなわち、原審において、昭和六三年七月二九日に一旦弁論が終結され、判決言渡し期日が指定されたが、その後弁論が再開され、平成元年二月二一日の口頭弁論期日で再び弁論が終結され、判決言渡し期日が同年四月一八日と指定された。その後、右判決言渡し期日は幾度も変更されたが、最終の判決言渡し期日の同年九月二六日が過ぎても控訴人に何ら連絡がなく、同年一〇月三〇日になって、担当書記官から、判決書ができたので取りに来るようにとの連絡があった。そこで、控訴人訴訟代理人が、いつ判決の言渡しがされたか尋ねたところ、一か月以上前に判決の言渡しがあったとのことであった。したがって、同年九月二六日の判決言渡し期日には、まだ判決原本が作成されていなかったことになるから、原審裁判官は、右期日において、判決原本に基づかずに判決を言渡したものであり、判決の手続が法律に違背しているから、原判決は取消されるべきである。
2 本件貸付には、控訴人と品川義夫(以下品川という。)の二名の連帯保証人があったことになっているが、被控訴人は、品川に対しては、連帯保証人を他の者に変更すること、本件貸付については品川に保証債務の履行を請求することはしないことを約束した。
したがって、被控訴人は、連帯保証人である品川に対し、その連帯保証債務を免除したことになるところ、連帯保証人の一人に対してなした債務の免除は、その連帯保証人の負担部分については、他の連帯保証人のためにもその効力を生ずるものであり、控訴人と品川との間では、負担部分の定めはなく、その負担割合は平等であると解すべきであるから、控訴人も、すくなくとも本件貸付による債務額の二分の一については保証債務を免除されたものというべきである。
なお、本件連帯保証契約の場合、品川が適法有効に連帯保証していたとすれば、控訴人の連帯保証も有効であり、かつ、その場合は、控訴人も、主債務の二分の一の限度で連帯保証人としての責任を負わなければならないことは認める。
3 本件貸付は、兵庫県信用保証協会(以下信用保証協会という。)の保証付きの貸付であり、その場合、信用保証協会に対しては二名の連帯保証人が必要であるところ、前記のとおり、被控訴人は、品川に対しては、連帯保証人を他の者に変更すること、本件貸付については品川に保証債務の履行を請求することはしないことを約束したことにより、品川は初めから連帯保証人でなかったのと同じことになった。したがって、連帯保証人が一名欠けたことにより、本件貸付についての信用保証協会の保証は無効である。
信用保証協会は、本件貸付につき、主債務者の川本に対する求償債権の担保として、同人所有の土地建物に極度額一九二〇万円の根抵当権を設定していたから、連帯保証人が二名存在し、信用保証協会の保証が有効であれば、本件貸付につき、控訴人が求償債務の弁済をした場合、右根抵当権に代位し、もしくはその譲渡を受けて、最終的には、控訴人はその弁済した額を回収できたものである。したがって、控訴人は、本件連帯保証契約を締結するに際し、連帯保証人が二名存在し、かつ、信用保証協会の保証が有効であると信じ、かつ、これを前提として右契約を締結したものであるところ、品川は連帯保証人でなく、信用保証協会の保証が無効であるから、控訴人の本件連帯保証契約には、右の点で要素の錯誤がある。
4 被控訴人福崎支店の支店長代理の澤秀隆(以下澤という。)が、被控訴人の代理人としてなした控訴人に対する本件連帯保証債権の放棄あるいは連帯保証債務の免除(原判決三枚目裏五行目から一三行目まで)について、澤にその代理権がなかったとしても、被控訴人は、澤に、支店長代理という役職名を与え、同人の名刺にその役職名を記載せしめていたうえ、控訴人らとの取引において、現実に被控訴人として交渉するのは、常に澤であったから、被控訴人は、澤に代理権を与えた旨を表示していたものと見るべきである。したがって、澤のした右連帯保証債権の放棄あるいは連帯保証債務の免除については、民法一〇九条の表見代理が成立するから、被控訴人について、その放棄あるいは免除の効力が生ずる。
なお、澤が品川に対してした連帯保証債務の免除(原判決二枚目裏三ないし四行目)について、澤にその権限がなかったとしても、右と同様に、これについて民法一〇九条の表見代理が成立するから、被控訴人につき右連帯保証債務の免除の効力が生ずる。
三 控訴人の主張に対する認否と反論
1 原判決に、民訴法一八九条一項の判決言渡しの方式に反し、判決原本に基づかずに言渡された違法があるとの主張は争う。
原審の第二一回口頭弁論調書には、平成元年九月二六日午後一時の判決言渡し期日において、判決原本に基づき判決言渡しがなされた旨の記載があり、原判決の判決手続に控訴人主張のような違法はない。
2 控訴人の主張2は争う。
被控訴人は、品川に対し、連帯保証債務を免除したことはない。
<証拠>の名刺に控訴人主張のような記載があるのは、澤が品川の強迫によって書かされたものであるが、元来、澤は、被控訴人の一職員に過ぎず、債権の放棄や連帯保証債務を免除する権限はなく、また、澤が、品川に対し、連帯保証債務免除の意思表示をした事実もない。
3 控訴人の主張3は争う。
信用保証協会の保証は、連帯保証人二名の存在が要件であり、連帯保証人の一人が欠けると信用保証協会の保証が無効であるということはなく、信用保証協会の保証には、連帯保証人が一名の場合もある。したがって、控訴人主張のように、連帯保証人の一人が欠けたことによって信用保証協会の保証が無効になるものではなく、また、本件貸付については、品川の保証も、信用保証協会の保証も有効であり、信用保証協会の川本に対する根抵当権も有効であることは疑いがないから、控訴人が本件貸付について信用保証協会に対し求償債務を履行した場合にも、右根抵当権に代位できることに変わりはなく、控訴人に何ら錯誤はない。
4 控訴人の主張4は争う。
前述のように、澤には、債権放棄、債務免除の権限はなく、品川に対する連帯保証債務の免除につき上司である支店長に相談した事実もない。被控訴人では、債権の放棄あるいは債務の免除をする場合には、支店長を経由して、本店に稟議を上げ、理事長の最終決済によって行われるものであり、融資担当の一職員に過ぎない澤にその権限がないことはもとより、同人にその権限があると信ずべき理由もないから、控訴人の表見代理の主張は失当である。
第三 証拠<省略>
理由
一控訴人は、原判決は、民訴法一八九条一項所定の判決言渡しの方式に反し、判決原本に基づかずに言渡されたものであるから、判決の手続に法律違背があると主張するが、原審における平成元年九月二六日の第二一回口頭弁論調書(判決言渡)には、右同日午後一時の判決言渡期日において、判決原本に基づき判決言渡しがなされた旨の記載があることは、本件記録上明らかであって、原判決は、原本に基づいて言渡されたものというべきであるから、原判決の判決手続に控訴人主張のような違法はない。
したがって、控訴人の右主張は理由がない。
二被控訴人が、控訴人は被控訴人に対し、原判決添付別紙目録記載の連帯保証債務(以下本件連帯保証債務という。)を負担している旨主張していること、控訴人が、同目録記載のとおりの主債務者川本弘昭(以下川本という。)と被控訴人との間の金銭消費貸借(以下本件貸付という。)の契約書に、品川とともに、連帯保証人として記名押印し、被控訴人との間で、本件貸付につき連帯保証契約(以下本件連帯保証契約という。)を締結したことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一号証の一、および、弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、川本に対し、昭和六〇年五月三一日、一五〇〇万円を、利息年8.50パーセントの約束で貸与したことが認められる。
三そこで、先ず、控訴人の、要素の錯誤による本件連帯保証契約無効の主張の当否について判断する。
<証拠>によれば、以下の事実が認められる。
1 川本は、もと兵庫県神崎郡神崎町でガソリンスタンドを経営していたものであるが、昭和六〇年四月上旬頃、同年五月末の決済資金やそれまでに運転資金、手形決済等のために他から借入れていた債務の返済資金として、被控訴人の福崎支店の支店長代理の澤を通じ、被控訴人に一五〇〇万円の借入れの申込みをした結果、兵庫県信用保証協会の保証と他に二名の連帯保証人をつけることによって被控訴人から一五〇〇万円の融資を受けることになった。
2 そこで、川本は、かねてから親交のあった友人の品川と控訴人の両名に連帯保証人を依頼することにし、まず、同月中旬頃、品川に右借入金額を明確に告げないで、右連帯保証の依頼をし、同人の一応の内諾を得た後、同年四月下旬頃ないし同年五月頃、当時、神崎町でかなり盛大に鉄工業を営んでいた控訴人に対し、「品川が保証人になってくれるので、被控訴人から一五〇〇万円を借受けるについて保証人になって欲しい。」と依頼したところ、控訴人は、品川とはかねてからの飲み友達で、同人をよく知っており、かつ、同人は、真面目であり、かつ、立派な家屋敷を所有しているし、兄弟も事業をしていて、経済力もあると考えていたところから、「品川が連帯保証人になるならば、自分も連帯保証人になってもよい。」と述べて、品川が連帯保証人になることを条件に、控訴人も、右連帯保証人になることを内諾した。
3 その後、川本が被控訴人から本件一五〇〇万円を借受ける本件貸付の手続が進められた結果、同年五月一七日付で、信用保証協会から、本件貸付の連帯保証をする旨の保証書(<証拠>)が被控訴人宛に発行され、被控訴人の内部でも、本件貸付についての決裁がなされ、本件貸付実行の準備が調った。
そこで、同月二七日、控訴人は、川本の求めにより、同人と共に被控訴人福崎支店に赴き、同支店で、支店長代理の澤から、被控訴人の川本に対する本件一五〇〇万円の貸付の経過の説明を受けるとともに、「川本所有の家と土地を担保に入れて貰うし、同人の営業も順調であり、信用保証協会の保証付きである。」、「品川さんに、右貸付の連帯保証人になって貰うことの承諾もとっている。」との趣旨の説明を受けたので、控訴人は、「品川が連帯保証人になるのであれば自分も連帯保証人になってもよい。」と述べ、右品川が本件貸付の連帯保証人となることを動機とし、かつ、これを右澤に表示して、本件貸付についてその連帯保証することを承諾した。
そして、控訴人は、同日、その席で、本件貸付のための金銭消費貸借証書(<証拠>)、保証約定書(<証拠>)、および、信用保証協会に対する信用保証委託契約書(<証拠>)の各連帯保証人欄に、それぞれ記名押印して、澤を介して、正式に、被控訴人と本件連帯保証契約を締結した。
4 一方、品川は、昭和六二年四月から鉄工所を経営しているが、それ以前の昭和六〇年当時は、実兄の営むゴルフ用具製造の手伝いをしていて、月収約三〇万円の収入を得ていたところ、その後、川本が被控訴人から融資を受ける額が一五〇〇万円で、品川にとっては、同人の連帯保証する額が多額に過ぎることに気付き、かつ、川本は、その所有にかかる山林も田も処分をしており、川本の経営するガソリンスタンドの経営も苦しい状態であるとの噂を聞いていたので、右川本が同年五月二七日頃の夜、品川方に赴き、同人に対して、正式に前記連帯保証の依頼をしたのに対し、品川は、「自分はサラリーマンであるし、保証の額も多過ぎる。」と述べて、右連帯保証をすることについて、不承諾の返事をした。
5 川本は、翌五月二八日頃にも、再度、品川方に赴き、右連帯保証の依頼をしたが、品川から承諾の返事を得られないままに帰ったところ、その後、品川から川本に対し、正式に、右連帯保証をすることについての承諾はできない旨の拒絶の返事があった。
6 川本は、右のように確定的に、品川の保証が得られなくなったので、被控訴人から本件一五〇〇万円の貸付を受けることを断念し、右五月二八日頃、被控訴人の福崎支店に赴き、澤支店長代理に対し、右の事情を説明して、被控訴人から本件一五〇〇万円の貸付を受けることを断念したいと申し入れた。
これに対し、右澤は、川本に対し「今更、そういうことを言われても困る。本店の信用保証協会に対する面子もあるので、断ることはできない。」「もう一回、品川に頼んで欲しい。」「それができないなら、代わりに身内の者に保証人になって貰うようにして欲しい。」という趣旨のことを述べ、一五〇〇万円の本件貸付を実行することを求めたが、当時、川本としては、他に連帯保証人になって貰う適切な人も見当たらなかったので、一旦は、右澤の要求を断った。
7 しかし、その後、川本と澤とが種々話し合った結果、結局、川本が、西宮市に住む実兄に対して右連帯保証の依頼をすることになったが、その目処がつくまでの間、取り敢えず、形式的に品川に連帯保証人になって貰い、同人に対しては、実質的に連帯保証人としての責任を負わせないようにすることになった。
そこで、澤が、自ら、前記五月二八日頃の夜、品川方に電話をし、右電話に出た品川の妻に対し、「川本が被控訴人から本件一五〇〇万円を借り受けるについて、その保証人になって欲しい。」と要請し、これを断わられるや、「もう、窓口まで金が降りる状態になっているので、(一応、形式的に、連帯保証人になるために)取り敢えず印鑑を貸して欲しい。二、三週間で他の人に連帯保証人を代えるから、品川に対しては、連帯保証人としての責任を負わせない。」という趣旨の申し入れをした。
8 品川は、その後妻から、右澤支店長代理の申入れを聞き、改めて澤に電話をし、品川は、本件一五〇〇万円の借受金について、形式的に保証人になるに過ぎないのであって、約二週間後には連帯保証人を他の人に変え、品川に対しては連帯保証責任を追求しない趣旨であることを確認したうえ、前記電話による澤の申し入れを承知し、実際は、連帯保証人としての責任を負う意思はなかったが、翌二九日頃、川本の経営するガソリンスタンドに赴き、前記金銭消費貸借証書、保証約定書、信用保証協会に対する信用保証委託契約書の各連帯保証人欄にそれぞれ署名押印し、右各書類は、川本を通じて被控訴人にさし入れられた。
したがって、品川のした右連帯保証は、被控訴人の福崎支店長代理の澤と品川との間において、品川の連帯保証を他の連帯保証人に代え、品川に対しては、連帯保証責任を負わせない約束のもとになされたもので、真実は、品川において、連帯保証責任を負わないとの前提でなされたものである(これは、法律的には、通謀虚偽表示ないし心裡留保で、相手方である澤がこのことを知っていた場合に該当する)。
9 そこで、被控訴人は、昭和六〇年五月三一日に、川本に対し、一五〇〇万円を、利息は年8.5パーセント、遅延損害金は年一八パーセント、弁済方法は昭和六〇年六月二六日から同六七年(平成四年)五月二六日まで毎月二六日限り一七万八五〇〇円ずつ分割して支払うとの約定で貸与した。
10 その後、品川は、被控訴人が川本に対し、前記一五〇〇万を貸与してから二週間を経過した昭和六〇年六月一五日頃から、再三、澤に対し、連帯保証人を代えるよう催促したにもかかわらず、澤は、「暫く待って欲しい。」というのみであって、右二週間で連帯保証人を代えるという約束を実行しなかったので、品川は、同年九月一〇日頃、澤と会い、右同様の要請をしたが、澤は、相変わらず、「待って欲しい。」というのみであった。
そこで、品川は、澤に対し、当初の約束である「品川に対しては、連帯保証人としての責任を負わせない。」という趣旨の書面を書くように要請した結果、澤は、同人の名刺(<証拠>)の裏に、「川本弘昭氏の借入金保証協会付融資に際し連帯保証人を変更することで連帯保証人になっていただいております。保証人変更は必ずいたします、本件については保証債務金は絶対に請求しません。」と記載し、これを品川に交付した。
しかし、その後も、前記連帯保証人の変更はされず、品川がその連帯保証人のままであったが、現在に至るまで、被控訴人から、品川に対し、本件貸付につき、連帯保証債務の履行を請求したことはない。
また、澤は、昭和六〇年七月頃、控訴人に対し、「品川の連帯保証人を川本の妻に代えたい。」と申し入れたが、控訴人は、これを拒否した。
11 川本は、昭和六〇年一一月頃、倒産し、被控訴人に対する本件貸付についての債務は、返済されていない。
12 なお、控訴人は、昭和六〇年六月六日に、川本から同人所有の土地建物に、極度額を二五〇〇万円とする根抵当権の設定を受けているが、控訴人は、本件連帯保証のほか、昭和五七年頃から川本に対し、多額の金員を貸与したり、川本の借入金の保証をしていたところから、右根抵当権の設定を受けたものである。
四以上に認定したところからすれば、控訴人は、川本が被控訴人から本件一五〇〇万円を借受けるにつき、川本に依頼されて、その連帯保証をしたが、右本件連帯保証契約は、川本の右一五〇〇万円の借受金(本件貸付)につき、品川も適法・有効にその連帯保証をすることを動機とし、かつ、右動機を表示した上、これをその要素として、締結されたものというべきである。
ところが、品川は、川本が被控訴人から本件一五〇〇万円を借受けるにつき、その連帯保証をすることを強く拒絶していたところ、その後、右本件貸付の担当者である被控訴人福崎支店の支店長代理の澤から、「約二週間位で品川の保証を他の保証人に代え、品川に対しては、連帯保証人としての保証責任を負わせない。」と言われ、右澤の強い要請により、右澤の述べた趣旨の約束の下に、形式的に本件貸付の連帯保証をしたもので、品川は、右約束により、真実は、連帯保証人としての責任を負わない趣旨で右連帯保証をし、被控訴人の担当者である澤もその趣旨を了解して、品川に連帯保証をさせたものというべきであるから、右品川の連帯保証契約は、当然無効というべきである(民法九三条但し書ないし同法九四条参照)。
そうとすれば、控訴人が被控訴人と締結した本件連帯保証契約は、右の点で一部(但し、その範囲は後記の通りである)その要素に錯誤があるというべきである。
ところで、控訴人は、品川の前記連帯保証契約が有効であるならば、川本が被控訴人から借受けた一五〇〇万円の本件貸付につき、品川と連帯してその保証責任を負う意思であったというべきであるところ、弁論の全趣旨によれば、控訴人と品川との共同の連帯保証については、その負担部分の定めのなかったことが認められるから、控訴人は、少なくとも、前記一五〇〇万円の本件貸付のうち、その二分の一については、その支払いの責に任ずる意思で、本件連帯保証契約を締結したものというべきである。したがって、本件連帯保証契約は、右二分の一を越える部分については、要素の錯誤により、無効というべきであるが、右二分の一の範囲では、要素の錯誤はなく、有効というべきである(最高裁昭和五四年九月六日第一小法廷判決・民集三三巻五号六三〇頁参照)。
五なお、控訴人は、本件貸付は、信用保証協会の信用保証付きの貸付であって、信用保証協会の信用保証のほかに、信用保証協会の認めた連帯保証人二名の存在が要件になっているが、品川の連帯保証は、前記の通り、無効であるから、信用保証協会の信用保証も無効というべきところ、控訴人の本件連帯保証契約は、信用保証協会の信用保証が有効であること、および、信用保証協会の認めたもう一人の連帯保証人の存在が有効要件になっているから、右の点で、控訴人の連帯保証につき要素の錯誤があるとの趣旨の主張をしている。
しかし、信用保証協会の信用保証付きの貸付の場合、その信用保証委託契約について、連帯保証人二名の存在がその有効要件となっていることを認めるに足りる証拠はなく、かえって、当審における信用保証協会に対する調査嘱託の結果によれば、信用保証委託契約については、連帯保証人は通常は二名であるが、申込み金額、保証人の資産、資力等の判断により、一名の場合もあり、必ずしも二名の連帯保証人があることが有効要件になっているわけではないことが認められる。
のみならず、後述の通り、控訴人の本件連帯保証契約は、信用保証協会の保証とは別個独立になされているから、信用保証協会の保証が無効であるからといって、控訴人の本件連帯保証が当然無効となるものではないというべきである。
したがって、控訴人の右主張は理由がない。
六次に、控訴人は、澤が、被控訴人の代理人として、被控訴人の控訴人に対する本件連帯保証債権を放棄し、あるいは、控訴人の被控訴人に対する本件連帯保証債務を免除したと主張し、原審における控訴人本人尋問の結果中には、昭和六〇年九月一〇日過ぎ頃、澤が、控訴人に対し、「片方の連帯保証が消えたようになっているので、控訴人の方にも請求しません」ということを言った旨の供述部分があるが、右控訴人本人の供述は、原審証人澤秀隆の証言と対比してにわかに信用できず、ほかに、被控訴人福崎支店の支店長代理である澤が、被控訴人の代理人として、控訴人主張のような本件連帯保証債権を放棄し、或いはその債務免除をする旨の意思表示をしたことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、右の点に関する控訴人の主張も理由がない。
七また、控訴人は、本件貸付金のうちの一二〇〇万円が、川本の被控訴人あるいはその他の金融機関に対する旧債務の決済に充当されているところ、これは、信用保証協会と被控訴人との間の信用保証委託契約において、旧債務への振替えを禁止している約定に違反するから、右振替えられた金額については、その連帯保証人である控訴人は、被控訴人に対し、その支払を拒絶できる旨主張する。
しかし、前記三に認定の事実に、<証拠>によれば、控訴人は、川本が被控訴人から借受けた一五〇〇万円の本件貸付につき、信用保証協会の保証とは全く別個に、被控訴人に対してその連帯保証をしているのであって、信用保証協会とは、別個独立に、被控訴人に対して、その連帯保証責任を負う立場にあることが認められるから、仮に、信用保証協会の本件信用保証契約につき、本件貸付金を旧債務の振替え支払いを禁止する特約があり、かつ、被控訴人が、右特約に違反して本件貸付金の一部を川本の被控訴人に対する旧債務の振替え支払いに充てたとしても、控訴人は、そのことを理由にして、右旧債務の振替え支払いに充てられた額につき、被控訴人に対する支払いを拒絶することはできないものというべきである。
したがって、右の点に関する控訴人の主張も理由がない。
八以上の理由により、その余の点について判断するまでもなく、原判決添付別紙目録に記載の債務の不存在確認を求める控訴人の本訴請求は、その二分の一を越える限度で正当であるから右の限度でこれを認容し、その余の部分は、失当であるからこれを棄却すべきである。
よって、これと異なる原判決は一部不当であるから、これを変更し、控訴人の本訴請求のうち、原判決添付別紙目録に記載の債務のうち、その二分の一を越える部分について債務不存在確認を求める限度で認容し、その余は、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官後藤勇 裁判官髙橋史朗 裁判官東條敬)
《参考・原判決の別紙目録》
一 債権者 被告Y
二 主債務者 A
三 連帯保証人 原告X及び訴外S
四 契約年月日 昭和六〇年五月三一日
五 借入金 一五〇〇万円
六 元本残額 一四六四万三〇〇〇円
七 利息 年8.50パーセント